チャーオ!トスカーナ ’糸杉につつまれて’

トスカーナの風景をこよなく愛するおじんのブログです。

Viaggio in Marocco 2018 Vol.5

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 2月9日(金)フェズ(Fes)です。Hotel Fes Inn ★★★★ です。ちょっとゴージャスなホテルです。モロッコで最も歴史のある町の重みを感じるホテルです。

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 昨日は約12時間のバス移動になりましたが、ゆっくりと寝ることが出来た妻はとても元気です。陶器好きの妻は工房訪問が楽しみでルンルン気分なのです。





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 まずは南の砦に上がりパノラマビューを楽しみます。
 ベージュ一色の古都フェズです。
 
フェズ(fes):イスラムの祖であるムハンマドの婿、アリーの子孫にあたるムーレイ・イドリス1世は、8世紀末にバグダッドのイスラム王朝アッバース朝に反乱を企てますが失敗、モロッコに亡命します。才能に恵まれとても勇敢だったイドリス1世は古くから住むベルベル人の絶大な信頼を得ます。そしてフェズ近郊の丘ににイスラム王朝を興すのです。息子のイドリス2世がフェズ川の西岸に新しい都を建設し、チェニジアやスペインからの移住者も受け入れます。城壁で囲んだ町の中心に壮大なモスクを建設し、神学校を作り布教の礎としたのです。そして数百年の間イスラム王朝の元で、信仰・芸術・文化の中心として発展してゆきます。
 モロッコに於ける最初のイスラム王朝の首都・・・・・フェズであります。写真は旧市街 フェズ・エル・バリ(最初に造られた町)です。
 13世紀にマリーン朝の元で建設されたフェズ・エル・ジェディドと共に「フェズ旧市街」として世界文化遺産に登録さてています。
 1981年登録で、モロッコ世界遺産第一号です。


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 フェズの醍醐味はやはりメディナです。世界一の迷路と言われています。それにしてもパラボラアンテナが多い町であります。
 モロッコでは民放局が少なく、欧州の衛星放送を受信して見ているそうです。パラボラアンテナが多いはずです。


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 モロッコ名物 三輪オートバイトラック





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 Art Najiという陶器メーカーを訪問しました。
 製造工程を見学でき、お店も併設されています。


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 ゼリージュも製作されています。

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 フェズブルーが有名ですが、我々はしっとりとしたナチュラルカラーにアクセントが効いた絵皿をゲットしました。妻は嬉しそうでした。
 モロッコでは、フェズと大西洋岸のサフィの陶器が有名ですが、サフィはフェズの陶芸家が上質の土を背景に19世紀に工房を開いたのが始まりだそうです。フェズーブルーの伝統に加えカラフルな色合いの陶器が人気であります。妻はこのサフィテイストの絵皿をゲットしたのです。




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 フェズ・エル・バリのメディナに到着。

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 世界一の迷路に迷い込みます。

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 ブー・ジュルード門(Bab Bou Jeloud)
 フェズといえば・・・・ブー・ジュルード門というくらい有名な門です。1913年建立。
 美しい装飾の門を越えるとメディナです。ラビリンスが待っています。


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 個人旅行なら、詳細なメディナマップを片手に迷宮に挑戦ということになるのでしょうが、今回はグループツアー、ガイディング・レシーバーを首にぶら下げ迷子にならぬようにガイドさんいついてゆきます。

 個人のお宅を訪問、お茶を振る舞われました。


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 ここで頂いたミントティは熱くて甘くてとてもテイスティでした。

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 グループツアーならではのセッティングです。メディナの住宅の内部、素敵なイスラミックデザインのお住まいでした。

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 お決まりの契約ショップ巡りも入っています。ガイドさんの取り分は?????
 真鍮細工・・・素敵です。とてもお洒落な鏡を見つけました。2500DH=30000円でした。値切りましたが2万円を切ることは出来ません。諦めました。


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 添乗員さんの持つ黄色いアヒルが迷子防止の目印です。

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 メディナには1000年前と変わらぬ生活が息づいています。

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 革製品のお店の屋上です。革職人地区タンネリ・ショワラです。ティピカル・フェズ・ビューです。革の匂いが漂います。

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 美しいミナレットも見えます。メディナ情緒満載の革職人スーク歩きです。

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 鞄に目がない妻なのですが、欲しいものは無かったようです。
 少しデザインが派手目ですね。



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 狭----い路地歩き・・・いい感じです。

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 アラベスク=アラブ様式の幾何学模様は究極のデザインだと思います。

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 礼拝中 こそっと写真を・・・・




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 ランチはまたまた宮殿レストランです。


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 タジン鍋・・・苦手なマトンは出てきません・・・・ホッ!!!

 グループツアーは買い物がままなりません。契約ショップは行くのですが、街中のギフトショップ等は見ることが出来ません。
 私が欲しいのはその地のランドマークフィギュアです。建物や広場などのミニチュアです。その地の特徴的なデザインのベタな置物です。コレクターなのです。シャウエンのみ自由時間が有りゆっくりと買い物が出来ました。あとは散策中にさっと抜け出しさっと買うしかないのです。でないと迷子になりまたツアーメンバーに迷惑をかけてしまうのです。
 砂丘から持って帰ってきた砂を入れる容器を探していました。食事中にさっと抜け出し前のギフトショップでいいのをゲットしました。また、フェズとメクネスの建物デザインのマグネットも見つけました。やったー!!!!です。
 容器はカサブランカの空港デューティーフリーでも見つけました。フェズのお店の4倍の値段が付いていました。(^_-)-☆ 基本、空港利用者は高額所得者です。空港は全て割高なのです。




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 午後、シャウエンに向かいました。
 シャウエンまで約200kmの道のりです。


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 トスカーナのような丘陵風景が続いた後、アンダルシアのようなオリーブ畑が続きます。一瞬自分が欧州にいるように思います。富んだ地域なのでしょう、道路も路肩まできちんと舗装されています。

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 コウノトリ

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 建物が目に入り、自分がモロッコに居ることに気づかされます。





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 シャウエン到着
 ねずみ男の群れが歩いています。
 ムハンマド5世広場でバスを降ります。モロッコの町のメインの広場や通りは「ムハンマド5世」なのです。独立王・・・尊敬されているのです。


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 ホテルはメディナの高台に有ります。約20分のヒルクライムです。
 アイン門を通りメディナに・・・


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 門をくぐった途端、無数の商品に襲われました。

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 カフェも青です。


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 黄色い電灯の光で「青」が映し出されます。


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 ホテル リナ・リヤド&スパ (Lina Ryad&Spa)
  ★★★★★ シャウエン唯一のファイブスターホテルです。まさかグループツアーでファイブスターに泊まれるとは思いませんでした。
  部屋に入って少し違うと思いました。ガウンなど今までは無かったのです。屋上テラスからのパノラマ風景も最高のリゾートホテルです。
  こんなホテルに2連泊・・・・クラブツーリズムもやるもんです。(^_-)-☆

Viaggio in Marocco 2018 Vol.4

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  2月8日(木 )エルフード(Erfoud) ホテル エル・アチ・エルフード(El Ati Erfoud) です。
 ★★★★のリゾートホテルです。オフシーズンで客はまばらですが、ハイシーズンには人でごった返しているプールサイドの画像がよく出てきます。
  標高800mのエルフード、朝はとても寒いです。砂漠も寒さ対策が必要です。

  早朝4WDでホテルを発ち小一時間、大砂丘メルズーガ(Merzouga)を目指しました。


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 ラクダが待っていました。
 少し前キャメルツアーでツーリストが落下し怪我をしたという情報を妻は掴んでおり、ラクダには乗らない、私にも乗らないで・・・と言っていました。しかし、砂丘を往復1時間歩くのもあまりにもハードであるのと、他のツアーメンバー全員がラクダに乗る、また、今まで事故が起きたことはない・・・・という事で乗ることを決断しました。€40のとても価値のある体験でした。


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 乗り降りは少し怖いラクダツアーでしたが、スタッフのサポートは万全で30分ほどで無事ビューポイントに到着、日の出を待ちました。
 とても細かい砂で風が有ると何かと厄介でしたが、無風状態、カメラのケアもほぼ不要でありました。


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 私のスタイルは、キャップを包むように風よけのスカーフを妻に巻いてもらい、細かい砂がスニーカーに入らぬようにコンビニ袋でカバーしガムテープで留めるという超スタイリッシュ?な井出達となっております。

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 厚い雲で覆われていますが、雲の切れ間から日の光が見えています。

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 アラビアのロレンスとその情婦です。(-_-;)

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 大砂丘のサンライズです。雲はありますが、凄い風景です。とても楽しいアクティビティだと思いました。

 少し砂漠について触れておきます。
 砂漠とは・・・降雨量が非常に少なく、乾燥のため草木がほとんど育たず、砂や岩石が多い土地のことです。
 また、砂漠には3つの種類が有ります。①岩石砂漠 ②礫砂漠(れきさばく) ③砂砂漠 です。
 最も多いのは岩石砂漠です。西部劇に出てくる砂漠はこのイメージでしょうか? そして礫砂漠、石ころが転がっている砂漠です。モロッコの砂漠はこのイメージが強いです。
 砂砂漠は最も少なく世界の砂漠全体の10%くらいだそうです。サハラ砂漠では20%と言われています。

 メルズーガは、サハラ砂漠に生じた砂砂漠で内陸砂丘(風が運搬した砂が堆積した丘)という事になると思います。
 グーグルマップで見ると良く解ります。


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 行きはほぼ真っ暗でしたが、帰りは大砂丘の風景を楽しめます。
 ダイナミックなキャメルデザートツアー・・・最高です。


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 揺れるラクダからのiPhoneショットです。落とさぬように最大のケアが必要でした。

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 横からのアングルがいいですね。(^_-)-☆  砂漠の隊商のようです。





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 ツアーの後は、砂漠の入り口にあるカフェで朝食です。

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 パンの種類が豊富で、とても美味しくいただきました。ゆで卵も付いていました。(^_-)-☆

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 ホテルまでは4WDで帰ります。少しの間、ラリー気分を味わうことが出来ました。興奮しました。抑えているモータースポーツ魂に火が付きそうです。運転代わってドリフトしちゃおうかな・・・ってな感じです。

 25年ほど前、勤めていた会社がパリダカでフランストヨタのスポンサーになっていました。女優の岡本かおりさんがドライバーでした。社長のお供でスタートイベントに参加しました。車好きの小生は仕事をほったらかして各チームのラリーカーに心躍らせていました。25年前のパリがフラッシュバックしました。

 11時前にホテルを出発しました。フェズに向かいます。
 オートアトラス(高アトラス)とモワイヤンアトラス(中アトラス)を超えるという420km、食事を入れて9時間の道のりです。フェズ着は8時ごろの予定でした。
 情報は交錯しましたが、アトラス越えの道路は閉まっていないとのこと・・・ホッ・・・・出発しました。


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 ジーズ川沿いのオアシスで休息をとり高アトラスに向かいました。

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 岩山が続きます。


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 高度を上げるにつれ雪が積もってきました。

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 ミナレットが白をバックに浮き上がっています。


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 標高1900mの峠を越えます。
 難所はクリア出来ました。


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 ミデルトに到着。リンゴで有名な街です。
 ここまでは予定通りです。やれやれです。


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 ツアーメンバーもホッとした面持ちでランチをとっています。
 マス料理も美味しくいただきました。

 添乗員の松本さんとガイドのフーアッドさんの少し厳しい顔が気になります。
 高アトラスを越えたのだからあとは中アトラス、どうってことないと思っていました。しかし、中アトラスに標高2178mのザード峠があったのです。情報は幾度か変動したようですが、結局ザード峠は閉鎖される公算が大きいとなり少しだけ東に迂回するルートを取ることに・・・・まあいいかっ・・・・です。


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 ミデルトを出ると天気も回復・・・いい感じでした。

 がっ・・・・・・山の天気は変わりやすいのです。30分後は大雪に・・・・迂回ルートも雪で視界が取れず危険と判断され、道路は閉鎖されました。雪は激しくなる一方です。
 Uターンして、大大大迂回ルートに変更です。山を避け限りなく谷を東に行くルートです。アルジェリア近くに行くルートです。もういやんっ・・・・・です。


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 道路には遮断バーが

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 迂回して山を南東に下りますが、交通量の少ないカントリーロード、路肩のみならず道路全体に雪が・・・・・たぶん、スノータイヤなど履く事のないモロッコのバス・・・・・あーーーーーー怖っ・・・です。
 スピン・横転を見据えて、妻にシートベルトを強く締めるよう促しました。30分ほどで安全圏内に・・・・ホッ(-_-;)


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 路肩が丸見えのカントリーロード、舗装路か未舗装路か?悩みます。対向車が来るとどちらかがダートへ・・・

 砂漠地帯を200km・・・延々と続くローカルロードです。地平線を見つめながら滅多に見ることのない荒涼とした風景を見ていました。360度人の営みが見えないのです。
 モロッコはアトラス山脈を境に北は地中海性気候、南は砂漠気候になります。人口のほとんど、約80%は全面積の1/3に満たない北の緑あふれる地域に住んています。
 北のトスカーナのような丘陵田園風景は美しすぎます。また、アリゾナのような南の砂漠風景も、我々日本人にとってはあまりにも新鮮です。カスバ街道は世界でも最も美しい街道の一つだと思うのです。アイト・ベン・ハッドゥ・・・たまりません。色んな顔を持つモロッコ・・・・素敵な国であります。


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 結果、上の地図のルートに
 左上:エルフード~ミデルト 210km
 右上:ミデルト~迂回ルート雪でUターンポイント 90km
 左下:Uターンポイント~東へ大迂回Merada高速インター 260km
 右下:Merada~フェズ 190km

 合計750kmの走行距離となりました。当初ルートの330km増です。 しかしスムーズな運行で10時30分にフェズに着きました。 ドライバーのアフマドさん・・・頑張ってくれました。

 次の日、情報が飛び込んできました。フェズからエルフードに向かった我々とは逆ルートの日本のツアーがいくつか有ります。我々が抜けることのできた高アトラスが閉鎖になり有るグループはミデルトで足止めに・・・ミデルト泊まりとなりました。あるグループはバスの車内で夜を過ごしたそうです。もちろんメルズーガ砂丘ツアーは中止になります。
 我々は、すべての予定を達成しています。とてもラッキーだったのです。


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 遅いディナーです。とても寒い日であり、バスの暖房もあまり効果があるとはいえず、体は。芯から冷えていました。あまり温かいとは言えないフェズの老舗ホテルでしたが、串焼きはとても美味であり甘いプリンに癒されたのであります。・・・・・・・あーーー着いてよかった。

Viaggio in Marocco 2018 Vol.3

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 2月7日(水)ワルザザート(Ouarzazate)の朝です。
 雲一つない快晴です。Hotel Le Fint 屋上からのパノラマビューです。ピンクベージュ1色の街並み、圧巻です。


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 100年前はキャラバンが立ち寄るだけのサハラ砂漠の入り口の小さな村に、フランス軍が
前線基地を造ったのが町の始まりです。標高1150mの高地です。人口は56000人、乾燥地帯ですが、アトラス山脈から流れるドアラ川の水でオアシスが形成されています。
 空港もあり交通の要所であります。雄大な砂漠風景は映画のロケ地としても人気がありアトラス・コーポレーション・スタジオという有名な映画スタジオも有ります。ハムナプトラ、グラディエーター等々我々も見たことのある映画が数多く撮られています。


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 カスバ街道起点の町ワルザザートです。
 ホテルの真ん前に「タウリルト・カスバ」が有ります。かつてグラウイ家というキャラバンの護衛・オアシスの塩やナツメヤシの交易で財を成した一族が所有していました。
 フランスがモロッコを占領した20世紀初頭、統治をスムーズに行うために地方の豪族を利用したそうです。グラウイ家は、フランスに進んで土地を提供し、重用されました。しかし、モロッコ人からはバッシングされており独立時に亡命、その後許され帰国したそうです。10DHで見学できるそうです。


 

 アイト・ベン・ハッドウを目指しワルザザートを後にしました。

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 映画スタジオにはホテルが併設・・・・雪を頂いたオートアトラスとのコントラストが美しすぎます。

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 砂漠のオアシスです。
 ナツメヤシが情緒を醸し出しています。


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★アイト・ベン・ハッドゥ(Ait Ben Haddou)

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 ハッドゥファミリーの息子たち(アイトはベルベル語で、ベンはアラビア語でどちらも息子という意味)という、最初にこの村に住んだ豪族の名がついた、今は5,6世帯のベルベル人家族が暮らすだけのほぼ廃墟の村です。10年ほど前に、テレビの旅番組でこの村を初めて見ました。圧倒されました。絶景の村が大好きな小生には眩しすぎる光景でした。いつかは行ってみたいと思いました。
 さしたる歴史的背景が有るわけでもありません、しかし数戸のカスバ(城塞)を有する要塞の村(クサル)がこれほどまでにきれいに保存されている例は稀だそうです。日干し煉瓦の要塞の村は、その文化的価値が評価され1987年に世界文化遺産に登録されました。現在モロッコには9ヵ所の世界遺産が有りますが、フェズ旧市街、マラケシュ旧市街に次いで3番目に登録されたのです。いかにユネスコが高く評価していたかがうかがわれます。
 映画でも「ハムナプトラ2」「グラディエーター」「アラビアのロレンス」等で使われています。世界でも唯一無二の絶景の村であります。

 今回の旅で私が最も楽しみにしていた「アイト・ベン・ハッドゥ」。もし昨日ティシュカ峠を通れていたら、昨日の夕刻に訪れる予定でした。それはそれで美しかったと思います。しかし、快晴の朝の光の中で、浮き彫りにされるクサルを見れたこと、撮れたことは、最高の経験が出来たと思っています。
 昨日はしんどい思いをしましたが、結果オーライだったのです。「災い転じて福となす」・・・であります。

 旅の前に長女と話をしました。15年ほど前に長女はバックパッカーとして欧州を3ヶ月ほど旅をしました。その時にモロッコも訪れマラケシュに1週間ほど滞在したそうです。この村にも来たとのことでした。娘の口から「アイト・ベン・ハッドゥも行くのん?」という質問が出たときは、えええええっお前行ったことあるのん???と叫んでしまいました。私がこの村の存在を知ったのはつい10年前だったのですから・・・・・そんなこんなのアイト・ベン・ハッドゥなのであります。


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 アーモンドの花とクサル

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 村の中には数件のギフトショップがあります。日干し煉瓦のブラウンと商品のヴィヴィッドカラーのコントラストが奇麗です。

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 夏は40℃を超え、冬は氷点下に・・・夏涼しく冬温かい・・・日干し煉瓦は効果的な建造物だそうです。



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 grandpa e grandma di itosugi です。快晴のクサル・・・気分爽快です。

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 Ksar(クサル)と Kasbah (カスバ)
 どれがクサルでどれがカスバ?・・・良く解りませんね!
 
 クサル=要塞化したベルベル人の集落 カスバ=城塞・砦
 アイト・ベン・ハッドゥは 3つのカスバを有するクサルと言われています。
 なんとなく理解できますね。

 カスバ街道最大のハイライト・・・アイト・ベン・ハッドゥ であります。


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 土色一色の世界・・・我々日本人にはとても新鮮な風景です。住む人は大変でしょうが!!!

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 頂上を目指します。快晴の中、足は軽やかです(-_-メ)。66歳です。レイバンのサングラスが効いています。

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 iPhone 8 plus ・・・逸品です。1200万画素、光学ズーム2倍。一眼レフで近距離の人を狙い、背景の風景もボケずに撮るにはF値(絞りを)そうとう上げないと背景がシャープになりません。iPhone 8 は何も設定なしで近・遠両方合わせてくれます。ボカしたい時はポートレートモードにすればボカせます。1200万画素有れば60インチのTV画面で見ても高解像度が得られます。一眼レフの1/6の重量(250g)で首が痛くなりません。いつの日か、「35mmフルサイズセンサー搭載ミラーレス一眼・24-240/10倍ズーム装着・・・SONY α7Ⅱ」に別れを告げる日が来るかも知れません。(-_-メ)
 今回は、望遠必要時、夜撮り、バスからの高速シャッター撮影にはα7Ⅱを、昼間のスナップにはiPhoneを使いました。しかし、これは決めたいと思った風景写真はやっぱり2400万画素のα7Ⅱを使う潔くない自分が居るのも事実です。写真好き・カメラ好きとしては割り切れないのであります。


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 クサルは500年ほど前に造られたと言われています。村民は今はマレ川を隔てた対岸に住んでいます。住居様式は今も古きテイストを残しています。



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 違う惑星に来たような風景です。オートアトラス山脈が奇麗です。



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 頂上到着。ベルベルバンクです。大切な食糧等を敵に奪われぬように貯蔵していた施設=バンク という事です。

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 頂上からの360度の大パノラマは一生忘れえぬ絶景になることでありましょう。

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 大満足なひと時を過ごしました。本当に来てよかったと思います。
 2年半ほど前にモロッコに行こうと思いました。妻は拒否しました。モロッコのイメージは、アフリカ・砂漠・冬でも暑い・土臭い・イスラム危険・・・・等々。特に暑さに弱い妻は砂漠・乾燥というイメージは嫌なのです。その時はフルに仕事をしていましたので、盆・正月・ゴールデンウィークというハイシーズンにしか旅に出られず、暑い季節を避け正月に一人参加でエントリーしました。妻には行ってほしくないという思いが燻ぶっていました。イスラム国のテロも過激になって来た頃でもあり、いろいろ考え諦めることにしました。代わりにクラブツーリズム・チャーター便・フェアバンクス・オーロラツアーに参加しました。結果、大爆発のオーロラを見ることが出来ました。
 またいつか一人で行けばいいと思っていました。昨年の秋、妻はテレビでシャウエンを見たこともあり、モロッコに対するイメージが少し変わりました。「行ってもいいよ!!!」・・・速攻でエントリーしました。妻との海外旅行は1999年にスタートし20年目になります。いつまでも一緒に旅をしたいと思います。


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 丘を下り次の目的地に向かいました。
 アイト・ベン・ハッドゥ・・・・最高のひと時でした。









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 アイト・ベン・ハッドゥ~ワルザザートは33kmです。再度ワルザザートに戻りカスバ街道をに東に向かいました。

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 ピンクベージュの町ワルザザート


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 モロッコ随一の美しいパノラマロード「カスバ街道」を走ります。
 ワルザザート~エルフード 300km余りを移動します。


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 オートアトラス山脈を左に見てバスは走ります。
 カスバ街道には1000のカスバが有ると言われています。
 車内には、ちあきなおみさんの「カスバの女」が流れていました。

  ♫涙じゃないのよ浮気な雨に、ちょっぴりこの頬濡らしただけさ、
   ここは地の果てアルジェリア、どうせカスバの夜に咲く、酒場の女のうす情け・・・♫♫♫

 アルジェではなくモロッコですが、目の前にある「地の果て」そのものの風景と物悲しい歌詞のセンチメンタリズムが私の涙腺を刺激するのです。涙もろいgrandpa di itosugiなのであります。7年ほど前、トスカーナオルチャ渓谷、ガイドさんのご主人マッシモさんが、車内に音楽を流してくれました。アンドレア・ボチェッリのラプンタメント(小さな村の物語イタリアのテーマ曲)が流れた途端、来たかったオルチャに今居るんだという感激に、涙が溢れ出ました。妻は、後部座席から「泣いてんのん???」と冷めたひと言、男のほうがロマンティックな生き物なのです。今回はすんでのところで涙は押し殺しました。(-_-;)


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 これでもかっと、カスバが押し寄せてきます。

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 カスバ街道・・・モロッコで最も観光客が通る一般道路だと思います。きちんと路肩までアスファルトで舗装されています。昨日通った一般道路とは大違いです。快適なドライブが続きます。

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 バラの町 エル・ケアラ・ムグナ に立ち寄りました。癒しのローズオイルは高いので買わずに、石を加工したラクダをゲットしました。


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 カスバ街道 N10=国道10号線

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 バラの町です。

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 トドラ川


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 サラート=日に5回メッカに向かって行う礼拝




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 ティネリールに到着です。

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 ティネリール・オアシス(Tinghir)

  トドラ川沿いのオアシスです。ティネリールにしてもワルザザートにしてもフランス軍が駐屯地として開発した町であります。ティネリールも先述の有力者グラウイ家が所有していたエリアであります。

 見たこともない風景です。地球の大きさを感じた一瞬です。


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 現在、モロッコは建設ラッシュのようです。至る所で工事をしています。
 政府が変わり、警察の横領が許されなくなったり、ガラスが割れているタクシーが走れなくなったり(バスはええのん???)医療費が安くなったりとか良いこともある一方、5年以上経った外車の輸入が禁止されたり、全体的に物価が上昇したりで生活は厳しくなっているといいます。今まで一日中仕事もしないでカフェで過ごしていた男たちも働かなければならなくなり、平日のカフェはガラガラだと…
 平均年収35万円程度、高給取りで70万円、経営者でも200万円程度の国です。建設ラッシュ・・・家の値段は年収何年分なのでしょうね???


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 高台のビューポイントでスカーフが売られていました。1000円ほどだったと思います。妻は買いませんでしたが、メンバーの多くが明日の砂漠ツアー用に買っていました。巻き方も教わっていました。いよいよ明日はサハラツアーです。



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 丘を登り切ったレストランでランチです。

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 卵の入ったビーフのタジン鍋です。とても美味でありました。パンはもう食べなれた「円盤パン」です。モロッコ語でパンはホブスです。この円盤パンはマハラシュと言うそうです。多分スキムミルクもバターも砂糖も入っていないと思います。小麦と塩だけの素朴なパンです。はじめは少し物足りなく感じましたが、食べなれると喉の通りがよく、知らず知らずに手が出るのです。
 タジンを食べる時も、現地の人は右手の3本の指でマハラシュをちぎりスプーン代わりにタジンをすくうそうです。また、タジンの食べ方は、日本の鍋料理のように、どこをつついてもよいという事は無く、360度の円を人数で割った三角形の自分の前のエリアが領域でそこだけを食べるそうです。一度現地の人と食べてみたいと思いました。モロッコに来た・・・・・・と思うでしょうね。本当のその国の文化は、ネイティヴに入り込まないと解らぬものです。
旅するのと住むのとでは大違いなのでしょうね。


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 トドラ渓谷です。 ダイナミックな渓谷風景です。レストランはがけ崩れの危険があり現在閉鎖されています。

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 お決まりの絶景ジャンプです。年々ジャンプの高さが低くなっています。(-_-;)


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 ナツメヤシのオアシスを抜けエルフードに向かいました。

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 おじさんたちは何もせず座っています。
 カントリーサイドでよく目にする光景です。



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 カナートと呼ばれる地下水道坑です。11世紀に造られたものです。エルフードの手前の砂漠に400位の井戸が掘られています。今は使われていません。異様な光景です。

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 さて、明日は砂漠ツアーです。ラクダさんから落ちないようにラクダさんにお願いしておきました。

Viaggio in Marocco 2018 Vol.2

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 2月6日(火)マラケシュ(Marrakech)の朝です。
 寒い朝ですが、天気は好転するようです。世界遺産の古都を満喫したいと思います。


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 古都に相応しい素敵なホテルです。部屋は寒いですが・・・(-_-メ)

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 最初の目的地は、クトゥビア(Koutoubia)です。

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 マラケシュのシンボルです。世界遺産「マラケシュ旧市街」の中心的な存在です。
 マラケシュは旧市街(メディナ<Medina>)と新市街に分けられます。旧市街はイスラム支配時代から続くもので。新市街はフランス人が造りました。
 マラケシュとはベルベル語で「神の国」を意味しています。モロッコはマラケシュに由来します。マラケシュは11世紀に起こった、北西アフリカからスペイン南部を支配したベルベル人イスラム国家ムラービト朝の首都でありました。クトゥビアは前王朝を倒したムワッヒド朝によって12世紀に建てられました。美しいムーア様式のミナレット(77mの尖塔)は世界のイスラムモスクの中でも最も美しいと言われています。町のあらゆる場所から望むことが出来るランドマークであります。

 北西アフリカは元々ベルベル人の居住地域でした。ローマ帝国や北から来たゲルマンの支配の後、7世紀にイスラム教を背景にアラブ民族が侵攻してきます。抵抗しますが最後には屈服します。そしてベルベル人のイスラム化が始まります。その後できたベルベル人王朝もアラブ色の濃いものになるのです。アラブ人とベルベル人が共存する国家がモロッコ王国なのです。
 現在のアラウィー王朝は17世紀から続いています。国旗の赤い旗(ムハンマドの血の色)はその時から使われていましたが、1912年に中央に星を加えました。スレイマンの星と呼ばれ、旧約聖書やコーランに出てくるソロモン王のシンボルです。ソロモン王(アラビア語でスレイマン)はユダヤ教のみならず、イスラム教に於いても重要な預言者とされています。
 また、現アラウィ王朝は預言者ムハンマドの孫ハッサンの血を引くシャリーフ(高貴な血筋の人)の一族だということであります。


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 ツーショットいっときます。
 またまたZARAのM51フィッシュテイルです。7000円です。超お気に入りです。妻は、foxfireのダウンコートです。足元は、ニューバランスM996USAでお揃いです。疲れ知らずの逸品です。
 マラケシュは標高466m、カサブランカより2,3度は低くて当たり前、フル装備が必要です。


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 メナラ庭園

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 雨が降っています。晴れていればオリーブが茂る公園は美しいのでしょうね。そそくさと退散です。

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 クトゥビアが見えます。



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 ピンクブラウンの町マラケシュです。赤い旗がはためいています。

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 メディナに向かいます。

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 ピンクブラウンのメディナです。

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 モロッコでは、動物たちがとても大切な輸送手段なのです。

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 情緒たっぷり・・・路地歩きです。

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 美しいイスラミックデザインが並びます。





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 バヒア宮殿 (Palais de la Bahia)

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 19世紀に宮廷の宰相だったアリ・バハメットという超権力者が私邸として造った宮殿です。どんだけ金持っとんねん!!!と思います。4人の妃と24人の妾がいたのです。元気なオッサンなのです。

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 アルハンブラ宮殿を模したそうです。イスラムデザインの究極・・・アラベスクです。



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 ゼリージュ(Zellij)=細かくカットしたタイルを組み合わせた幾何学模様の装飾 が美しい宮殿です。


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 妾は宮殿から出ることが出来なかったそうです。唯一の屋外・・・宮殿の中庭です。

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 宮殿の名前「Bahia」は、一番お気に入りの妃の名だそうです。28人の正室・側室の名を正確に覚えていたのでしょうか???ハーレム・・・男冥利でしょうか?


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 見応えのある宮殿です。イスラム芸術は本当に美しいのです。

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 歴史の重みを感じる扉です。





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 ジャマ・エル・フナ広場の昨夜のカフェグラシエへ 1DHでトイレ休憩です。

 バッドニュースが入ってきました。
 今日、ワルザザートに入ります。オートアトラス山脈(高アトラス)のティシュカ峠(2260m)を超えれば200km、4時間弱で行けます。有ろうことか!!!雪で閉鎖になったとのことです。西へルートを変え迂回することに・・・・・・620kmの移動になりました。結果約9.5時間のバス移動になるのであります。およよっ!!!!!!!モロッコは異常気象真っ只中、これからも何があるか解らない波乱含みのツアーになりそうです。


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 その前に、お買い物とランチです。
 マラケシュで最も美しい門と言われるアグノウ門の前のお店でアルガンオイルゲットです。


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 コウノトリがとても多いモロッコです。

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 モロッコにのみ生息するアルガンの樹の実からとれる癒しのオイル・・・・妻もゲットしていました。




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 メディナマップ

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 美味しそうなかりんとう???買おうとしましたが妻からストップが!!!衛生面大丈夫???お腹壊したらキツイよ!!! Give up !
 マラケシュで和皿をよく見ました。古伊万里の柄です。何故なのでしょうか?ネット検索しても解りませんでした。


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 メディナを出てレストランに

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 Palais Chahramane  チャラマン?宮殿という名のレストランです。
 外観からは想像できない宮殿レストランです。


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 ゼリージュ(Zellij)が美しい宮殿レストランです。
 王様になった気分です。


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 これから迎えるタフな移動に備えます。
 う回路にもアトラス越えがあります。ガイドのフーアッドさんが慌ただしく事務所と連絡をとっています。
 う回路も閉鎖されたらアウトなのです。結果う回路は通れるという情報で確定しました。


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 ランチはクスクスです。めっちゃうまでした。このクスクスも古伊万里柄の皿に・・・・・WHY??????





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 さて、この日の迂回ルートは・・・・・まず高速道路を250km南西に下ります。アンチアトラス山脈の北側を通ります。アガディールという大西洋に面した町の手前で高速を降り、東に進路をとります。小マラケシュと呼ばれる美しい町タルーダントを通り、アンチアトラス山脈へと高度を上げます。この360km余りの一般道路は、路肩地肌丸出しのノンメンテナンス道路です。(道幅の半分くらいは一応アスファルトです)、これを365km行くなんてもしも自分で運転していたら気が遠くなる距離です。この道を大型バスで走るとは・・・・・ドライバーのおじさんに命を預けるのです。妻にも指示しシートベルトをしっかりと締めました。
 さあ、620kmの大移動です。


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 ピンクブラウンのマラケシュを14:00に出発

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 アンチアトラス山脈です。
 アトラス山脈は3つに分かれます。西からアンチアトラス オートアトラス(高アトラス) モワイヤンアトラス(中アトラス)となります。
 我々はこのアンチアトラスの麓の峠を越えたのです。標高はそう高くありませんがワルザザートの手前では雪が積もっていました。


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 もうすぐ高速を降り進路を東に・・・

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 今度はアンチアトラスの南側を走ります。



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 城塞都市 小マラケシュ・・・タルーダント

 この後山岳道路に入りました。路肩には雪が積もっていました。タフな移動でした。ただ一つ・・・見たこともない星空が広がっていました。北斗七星やオリオン座が目の前で輝いていました。こんなに星がたくさん有るなんて!!!!うっとりとしながらバスの窓越しに空を眺めていました。カーシックになりやすい妻は、薬を飲んで横で寝ていました。


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 PM11:30 無事ワルザザートに到着しました。ドライバーのアフマドさん・・・お疲れ様でした。

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Hotel Le Fint Ouarzazate (ル・フィント ワルザザート)
 ★★★のリゾートホテルです。お洒落なホテルですが、ツアーメンバーはタフな移動で疲れ果てています。軽くお腹に入れて直ぐに就寝です。


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 明日は一番楽しみにしていた、アイト・ベン・ハッドゥです。いい天気でありますように!!!」・・・・ああしんどかった!!!(-_-メ)

Viaggio in Marocco 2018 Vol.1

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 2018年2月5日(月)正午、モロッコ王国、カサブランカ、ムハンマド5世国際空港です。昨日23:30に関空を出発、エミレーツ航空でドバイへ11時間、2時間のトランスファーのあとEK751便エミレーツのエアバスA-380で9時間、やっと着きました。昨日朝起きて、ここまで39時間、寝ていません。これからカサブランカを観光しマラケシュへ・・・・・48時間無睡眠になります。遠い遠いモロッコであります。いつまで続けられるかロングディスタンス・・・イタリアファミリーツアーから戻って2週間経たぬ間にモロッコであります。
 グループツアーなので、旅行上の心配はせずにすみます。無理をせずゆっくりとツアーフラッグについてゆきたいと思います。

 今回の旅は・・・『クラブツーリズム「色彩の王国モロッコ感動物語10日間」 関西から添乗員同行・バス1台につき22名様限定・バス1人2席確約・憧れのシャウエンに2連泊』・・・にエントリーしました。21名のツーリスト、添乗員、ガイド、アシスタント、バスドライバー総勢25名の旅になりました。ハイシーズンの半額で行けるALL食事つき楽ちんツアーを心ゆくまで楽しみたいと思います。


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 まず、使用するバスでモロッコの洗礼を受けました。フロントガラスに白い筋が見えます。ひび割れです。日本では考えられないのです。少し不安を抱えた旅のスタートになりました。

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 カサブランカ・・・ムハンマド5世広場(Place Mohammed Ⅴ)
 町の中心の広場です。モロッコでやたらに多い広場や通りの名前が前々国王の「ムハンマド5世」と前国王の「ハッサン2世」であります。イタリアで言う「ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世」と息子の「ウンベルト1世」のようなものです。国民にとって大きな大きな存在の王家なのです。
 国王が国家元首である本物の「王国」は初めてのような気がします。イスラム特有の生活習慣も含めいろいろと学びたいと思います。


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 カサブランカと言えば映画「カサブランカ」であります。スペイン語で白い家を意味するモロッコ最大の都市を舞台にした作品です。ハンフリー・ボガード演じるカフェオーナーRICK、その元恋人イングリッド・バーグマン。As Time Goes By (時の過行くままに)のメロディーがセンチメンタルに流れます。第2次世界大戦初期、ドイツが攻勢を保っていた頃、アメリカに逃れる中継点のカサブランカで繰り広げられた悲しい恋の物語・・・・・私のジャズピアノ最初の練習曲が,As Time Goes By であります。iPhoneにこの曲だけで28ファイル収録されています。28人のプレイヤーの演奏が聴けます。大好きなバラードであります。2004年にオープンした「RICK'S CAFÉ」の前を通りました。映画の世界観を再現したカフェ・レストランであります。As Time Goes BY を聴きながら通り過ぎました。

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 パラボラアンテナが嫌に多い街並みを抜けモスクに向かいます。

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 ハッサン2世モスク (Mosque HassanⅡ)

 大西洋を望むモロッコ最大のイスラム寺院です。1993年に国王ハッサン2世の発案で建造されました。尖塔(ミナレット)の高さは200m、半端ない存在感です。 国王の偉大さを感じずにはいられないモスクであります。
 フランスから独立を勝ち取ったムハンマド5世は1961年に亡くなりました。当初霊廟をカサブランカに造る予定でしたが、首都ラバトに有ったほうが対外対応等何かと便利ということでラバトに変更されました。息子のハッサン2世国王はカサブランカ市民への罪滅ぼしの意味を込めてこのモスクを建てました。フランス人建築家ミシェル・パンソーが手掛けた壮大なモスクであります。
 メッカのモスクに次ぐ世界第2位の大モスクであります。


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 噴水はイスラミックデザインです。

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 眠いです。疲れています。でも見学するのです。疲れも吹っ飛ぶダイナミックな絶景モスクです。

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1986年から8年の歳月をかけて作り上げられたモスク、礼拝堂には25000人、敷地には80000人を収容できるそうです。
 モロッコのモスクは我々異教徒の旅行者は入れませんが、このモスクのみガイド付きツアーが設定されているそうです。


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 大西洋です。2016年9月のロカ岬以来の大西洋です。寒いです。アフリカです。ホンマにアフリカ大陸?????????



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 慢性的渋滞のカサブランカです。

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 雨が降ってきました・・・・・・

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 カサブランカから240km、マラケシュに向かいます。

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 雨もやみ太陽の光が・・・・

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 高速道路をひたすら南下します。赤土を緑が覆う平野風景が続きます。

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 少しモロッコ王国について触れておきます。

 モロッコ王国
   面積:44万6000㎢(日本の1.2倍) 人口:3392万人 首都:ラバト 
   元首:ムハンマド6世=国王 政体:国王を元首とする立憲君主国家(君主の権力が憲法で規制されている君主制⇔専制君主制・絶対君主制 サウジアラビア等)
   民族構成:アラブ人65%、ベルベル人30%、その他5%  宗教:国教はイスラム教(スンニ派がほとんど) 言語:公用語はアラビア語とベルベル語 フランス語も広く通用
   通貨:DH=ディルハム 1DH=11.7円(2018・2・20現在) 名目GDP:1036億ドル(11兆4000億円)日本の1/48 国民一人当たりのGDP:3000ドル(33万円)日本の1/13
   給与所得者平均年収:33万円(日本420万円)=ほぼ一人当たりGDPにリンク パン(円盤パン?):1個1.2DH=14円 タジン鍋:観光地50DH 田舎30DH=350円

 購買力平価調整で貨幣価値は10倍程度と推測すると・・・現地の人には、我々の値段感覚で パン1個140円、タジン鍋3500円(3人前として1166円/人)・・・・こんな感覚だと思います。トイレ代1DH=11.7円=117円的なイメージなのです。細かいのが無いからと5DH置いてくると、小便するのに600円使ったというイメージなのです。観光客経済と地元経済のギャップは大きいのでありましょう。

 主要な産業はリン鉱石、食品加工、皮革製品、繊維、建設等の他、安い人件費を求めての自動車・航空機・エレクトロニクス等のオフショアリングも盛んで大きな雇用創出になっているようです。
 変化にとんだ地形、美しい風景や世界遺産を背景とする観光業も成長分野です。でも、まだまだ収益創出ポテンシャルが高いとは言えないモロッコ、ひび割れガラスのバス、我々がそのバスで通った、路肩地肌丸見えのあの日本では考えられない国道???を舗装するには、我々がもっともっとモロッコにお金を落とす必要があるのです。



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 走ること3時間弱 古都マラケシュに到着しました。

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 マラケシュ  ジャマ・エル・フナ広場 (Place Djemaa el Fna)

  かつての公開処刑場も、今はマラケシュの代名詞とも言えるアミューズメントスクエアです。
  雨上がりの広場・・・リフレクションが美しい夜の「死者たちの広場<ジャマ・エル・フナ>」です。


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 ジューススタンドや地元ネイティヴフードの屋台が立ち並びます。

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 Le Grand Balcon Café Glacier (ルグランバルコンカフェグラシエ)
 直訳すると「大きなバルコニーの氷河カフェ」・・・・2階バルコニーからの景色が有名なカフェです。
 トイレ事情は欧州と同様タフなモロッコ、無料公衆トイレなど有りません。カフェ等で1DHを支払いお借りするのが常であります。


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 モロッコ名物の「ぬるーーーーーい、甘くない、苦いだけの、ミントティ」を頂きました。ミントティが嫌いになりました。・・・・・とにかく寒ーーーーーいマラケシュなのです。 後日、熱い甘いミントティを頂き好きになりましたが(^_-)-☆・・・・
 しかし、バルコニーからの広場夜景は素晴らしいものでした。雨上がりリフレクション・・・大満足です。しかし寒ーーーーーいモロッコ、アフリカとは思えない寒さです。


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 少しスーク(SOUK)=市場 を歩き「建物デザインマグネット」2個を40DHでゲットしました。



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 Hotel Le Tichka Marrakech (ティシュカ マラケシュ)
 ★★★★ です。素敵なリゾートフィール溢れるホテルです。ただ、部屋は寒いです(震えるほどではありませんが)。お湯はぬるいです。今年は異常気象で寒ーーーーい冬となっていますが、例年はこの時期最高気温18度程度、最低気温8度程度で、暖房設備に対する意識は低くてもいいモロッコなのです。(-_-メ)また、蛇口のノブがとれていたり、テレビが映らなかったり・・・という細かなトラブルは日常茶飯事であります。細かいことは気にしては生きていけない国なのであります。 日本人的なメンテナンス・サービス意識は無いと言えます。日本が異常なのです。( ◠‿◠ ) おおらかな心を持って旅をすることにしました。(添乗員さんから事前情報をもらっておりましたので、驚きは無かったのであります。)


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 PM10:00を過ぎた遅い夕食になりました。この時点で47時間無睡眠です。旅の初日は本当に疲れます。でもお腹は空いています。
 牛肉の煮込み&ペンネ・・・妻はイマイチだと言っていますが、わたくしはSOSOだと思いました。
 長ーーーーーーーい旅の初日が終わりました。最近は、眠いのですが時差ボケで熟睡出来ない旅の初日の夜なのであります。今回は「睡眠改善薬 ドリエル」の力を借りました。・・・大正解でした。
すっきりとした朝を迎えることが出来ました。