Viaggio della primavera  2016   Ⅵ

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 5月4日(水)スプリット。 まずは、ディオクレティアヌス宮殿地下を見学です。1700年の歴史が覆いかぶさってくるようです。


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 いきなり、ブラジャーがっ・・・・・・・・芸術だそうです。???


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 テーマ「過去と未来???」「石と合成樹脂???」「ナチュラルとヴィヴィッド???」




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 宮殿地下にはスーベニアショップが立ち並びます。





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 聖ドムニウス大聖堂の鐘楼に上りました。高所恐怖症の妻は路地巡りショッピングです。流石に妻も13回目の欧州旅行、ひとりで街ブラを出来るようになりました。


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 さてトロギールの鐘楼同様、怖-------い階段が続きます。


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 テラコッタの赤屋根の旧市街を一望です。


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 この日のアドリア海は少しグレーでした。「いつもブルーの絶景が見られるとは思うなよっ・・・・人生そこまで甘くねーよっ・・・」ってな感じでしょうか(^_^;)


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 小さめの大聖堂・・・しかし荘厳なカトリック教会です。


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 スプリットの守護聖人 ドムニウス です。
 カトリックには「守護聖人」という概念が有ります。聖人が町や人々を守ってくれるという概念です。職業別にも設定されているようです。
「オートバイ乗り」の守護聖人も居ます。6世紀のアイルランドの修行僧「コロンバヌス」です。広範囲に活動したことから結び付けられたようです。私は浄土真宗の寺の檀家ですが、カトリックに改宗しようと思います。(@_@)
 私のホームグラウンド「迷走する日本のアパレル業界」に守護聖人は居ないものでしょうか?









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 午後は、アドリア海を離れ、内陸部へ・・・・・・
 出来立てホヤホヤの高速道路です。ほとんど車は走っていません。


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 石灰岩の山岳風景が続きます。美しいクロアチアのカントリーシーンです。


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 クロアチアも「糸杉」が多くみられます。
 ブログタイトルの面目が保たれそうです。(*^_^*)



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 国境を越え、ボスニア・ヘルツェゴビナ に入りました。
 外務省 危険度レベル1(黄色) 「十分注意してください」に設定されています。
 美しい国です。ここがあのような悲惨な戦争の舞台になったとは信じられません。

 豆知識: EU 非加盟  人口:400万人  国民1人当たりのGDP 4000ドル(クロアチアの三分の一程度、中国の半分)
       面積:九州より少し広いくらい

言葉はボスニア語ですが、クロアチア語、ゼルビア語と同言語で、宗教上のこだわりから、呼称を変えているようです。スロヴェニア語は少し異なった言語のようですが、大体のところ意思の疎通は出来ているようです。


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 世界遺産「モスタル」はもうすぐです。


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 オールドブリッジ=スタリ・モスト です。手前がカトリック教徒居住区、橋の向こう側がイスラム教徒居住区です。1992年〜1995年の紛争前は、宗教や民族の壁を越えて仲良く暮らしていました。しかし紛争に入り、クロアチア系カトリック住民、イスラム系住民、セルビア系正教会住民がその権力争いに巻き込まれ近所の友人に銃口を向けるという悲惨な内戦に突入してゆくのです。スタリ・モストも破壊されました。戦争終結後、ユネスコの協力のもとに修復され、世界遺産となったのであります。


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 ネレトヴァ川
 イスラムモスクが見えます。

 もともとこのあたりの民族はすべて南スラブ人に分類される人々です。それが長い歴史の中で、ギリシャやイタリアそしてオスマン帝国の影響を受け 3つの宗教を信仰する集団に分かれたのです。そして、それぞれの利権、エゴイズムがむき出しとなり不仲になってゆくのです。日本の戦国時代も、中国の歴史も、西欧の歴史も、アメリカ開拓時代もすべて殺戮の歴史であります。アラーもヤハウェイも観念的には同一神です。人間「やわらかな心」を持って生きたいものですね。


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 イスラム教徒居住区に入りました。
 今は、両サイド、エスニックムード満載の土産物店がひしめき合い人々は平和に暮らしていました。


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 石畳に注意!!!





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 モスタル No.1 ビューポイント
 
 モスク横のカフェの庭からの眺望です。
 エスプレッソ2人分 €1.5 納得のお値段でした。


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 イスラムテイストがいっぱいです。
 モザイク模様等々、イスラムのデザインは美しいのです。









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 モスタルを後にし、クロアチアに再入国、ダルマチア海岸方向を目指しました。
 ビルゲイツがハマっているというミカン畑の横をかすめます。


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 アマルフィ海岸にも劣らぬ美しい海岸線が続きます。


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 急に国境検問所が現れました。


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 クロアチア南部ダルマチア海岸 ドゥブロヴニクの手前に9kmわたってボスニア・ヘルツェゴビナ領が存在します。17世紀も終わりのころ、都市国家ドゥブロヴニクが戦略上、敵対していたヴェネツィア共和国への防護壁的な存在にする為にオスマントルコから返還されたこの地区の併合を実行しなかったのです。その後ボスニア領になり今に至ります。


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 ボスニア・ヘルツェゴビナ 「防護壁」ネウムの町です。


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 検問所です。
 この日のドライバーは、週に3回、この検問所を通ります。「顔パスで(o^―^o)ニコ」で無事通過です。




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 ダルマチア海岸・・・・夕景・・・・癒しの絶景です。



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 ドゥブロヴニクはもうすぐです。


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 20:45 ホテルに到着です。
 赤く染まった空の下、ドゥブロヴニクが静かにたたずんでいました。


 例のごとく、日本有力食品メーカー製 ヌードルディナーを ★★★★★ホテルの瀟洒なお部屋で頂き、私は、ひとり、例のごとく、ひとり夜撮りに出かけました。疲れてはいましたが、みなもに映るリフレクション風景を想像すると居ても立っても居られない状態になるのです。


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 ドゥブロヴニク リフレクション夜景 です。


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 プロチェ門


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 22:00 城門の中はしっとりと静かな時が流れていました。


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 ハイストリート 「プラツァ通り」も人影はまばらです。
 石畳が輝いていました。


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 街の中心 ルジャ広場 です。


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 聖ヴラホ教会のステンドグラス・・・美しすぎます。

 ここでカメラが故障・・・・・・・・動かなくなりました。SONY ミラーレス フルサイズ機 α7Ⅱ sel24-240 ・・・・・・どうしたんやっ・・・・!!!!諦めてホテルに戻りました。説明書でいろいろとチェック、直りません。最後にバッテリーを交換・・・・・・・回復・・・・・・・バッテリー不良だったのです。・・・安堵(*^_^*)
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コメント 2件

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shinkai  

こんにちは!

この日は長い一日でしたね、ご苦労様でした! スプリットで鐘楼に登り、地下宮殿も見学、ボスニアに入り、モスタールの町、そしてドゥブロヴニクまで、夜景撮り!

モスタールに行かれたのですね! この橋が爆破された時のTVニュースを良く覚えています。
戦争というのは、とりわけ宗教が絡む戦争は本当に文化遺産を破壊しまくりますよね、狂気ですね。
あの戦争は本当に酷かった!! TVニュースでもちょっと日本だとお目にかからないような凄まじい場面を何度も見ましたっけ。
今は本当に平和なのか、その辺りが怖いです。 

ボスニアの警察は賄賂を要求すると前に書いておられましたが、こういう道を仕事で行き来する配給会社は、笑顔で通過するためにやはりそれなりの物を先に払っているのでしょうね。
個人で行くにはやはりちょっと緊張する入国かも知れません。

遂に私の憧れのドゥブロヴニクに到着されました! 夜景が美しい!!
ここはヴェネツィアの香りのする町と聞きます。 戦争でかなり破壊された様子なので、町の姿を拝見するのが楽しみです。 これは明日のお楽しみに!!

2016/06/07 (Tue) 23:40 | 編集 | 返信 |   
granpa di itosugi  

shinkaiさん

こんにちは。100年前ではなく、たった20年前という現代社会で、平和なコネリアーノのたった500km先で惨たらしい戦争が有り、日々それを目にしておられたshinkaiさんが持たれるこの地域に対する思いを感じます。ヤハウェもアラーも同一神、カトリックも正教もイスラム教も同じ唯一神を信じながら兄弟喧嘩をしているのです。人は業の深い生き物なのでしょうか?美しい地球という奇跡の惑星で、平和な時代に、蚊やムカデではなく人類に生まれたことに感謝し、やわらかな心を持ち、美しい地球を楽しみたいと思います。

2016/06/09 (Thu) 08:42 | 編集 | 返信 |   

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