トスカーナの風景をこよなく愛するおじんのブログです。

チャーオ!トスカーナ ’糸杉につつまれて’

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 2016年4月28日(木) 関西空港28番ゲート 23:40発 エミレーツ航空 EK317便 ドバイ行き 777です。
 2016年春旅が始まります。ドバイ〜ヴェネツィアへ、そしてトリエステを目指します。

 スロヴェニアをかすめクロアチアを周遊します。ボスニア・ヘルツェゴビナにも入ります。美しいバルカン半島の春を満喫です。


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 初エミレーツです。天井に星が輝いていました。


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 ドバイまで約10時間、777の液晶は大きく鮮明です。日本語映画メニューも豊富で、エンターテインメントは充実しています。飛行機内では寝られない Granpa di Itosugi なのです。
 関空発トリエステのホテルまで24時間の移動・・・・・只今64歳、いつまでやれるでしょうか?


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 29日(金)AM5:00 ドバイ到着(時差は5時間) 無睡眠・・・・もうろうとしています。






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 エミレーツではトランスファーが4時間を超える場合、ミールクーポンがもらえます。ドバイの幾つかの飲食店で使えます。サンドイッチ&コーヒー程度の軽食ですが、得をした気分になります。
 機内の食生活を無視された食糧供給で胃の中は錯乱状態でありますが、ただのものは無理やりでもゲットしてしまう。我々夫婦であります。



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 夏場40℃を超えるドバイ空港、窓ガラスにはフィルム?が貼られています。オープンエアの展望台は有りません。ブルジュ・ハリファを障害物なしに見ることは出来ません。空港から15km以上離れており、フィルム越しにうっすらと確認するのがやっとでありました。残念(一一")。


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 9:15発 EK135便 ヴェネツィア・マルコポーロ空港まで6時間余りのフライトです。南周りはキツイです。


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 ベージュのスカートに白いブラウス、ワインレッドの帽子と「アラビアンひらひら?」アラビアンテイストいっぱいのエミレーツです。Emirate=首長国 その名の通りアラブ首長国連邦の航空会社であります。


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 ジェームズ・ボンドと共にヴェネツィアを目指しました。(^_-)-☆

 13:30 マルコポーロ空港に着きました。ここで私は、情けないほどバカげたミスを犯してしまいました。クロアチアの通貨クーナは日本では両替出来ません。クロアチアに入る前に少しは持っていたかったので、空港で両替をしました。手持ちのユーロは温存しておきたかったので、日本円からクーナに5万円替えました。窓口のご婦人は日本円→€→クーナのカウントになります・・・と言ってきました。多少手数料が増えるのは予想できましたが、まあいいかっ・・・で、実行しました。時間もなかったのでそのままポケットに突っ込んで空港を出ました。後で計算すると手数料を引かれた結果のレートは1クーナ=24.5円となっていました。その日の実効レートは16.7で円でした。€→クーナであれば17・5〜18・0円であったでしょうに!!!!!自己嫌悪でその日は立ち直る事が出来ませんでした。(一一")


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 手配しておいた専用車でトリエステに向かいました。


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 田園風景の向こうにアルプス山脈がそびえていました。


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メストレから列車で行っていたら、ホテルまで4時間かかっていました。2時間弱で到着。チャーター車トラベル・・・楽ちんです。





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 16:00 トリエステ到着です。


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 ホテル ヴィクトリア 部屋からの眺めです。
 10年ほど前に、随筆家・須賀敦子さんの「トリエステの坂道」を読んだことがあります。イタリア関連の本を読みあさっていたころであります。それ以来「トリエステ」という言葉の響きに何かしら憧れを感じていました。坂の町トリエステ、トラムの町トリエステを散策です。無睡眠での散策は合わせて128歳の夫婦にはきついものが有りますが、引っ張って引っ張って睡眠についた方が、一気に寝れるのであります。



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 オベルダン広場に向かいます。


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 トリエステと言えば・・・・・このクラシックな路面電車「トラム」であります。山頂まで約30分。絶景が待っていました。


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 60分€1.35です。


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 急坂区間はケーブルカーがサポートするという世界でも珍しい登山路面電車なのです。


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 オベルダン広場から30分余りで山頂のオピチナ地区に到着します。トリエステ独り占め絶景です。背後はもうスロヴェニアという歴史に翻弄されたドラマティックな町トリエステなのであります。



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 赤いチンクエチェントが良く似合います。





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 下山して少し街中を散策です。かなりもうろうとしています。決して体力に自信が有るとは言えない妻も、頑張っていました。







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 人口20万人の フリウリ=ヴェネツィア・ジュリア州の州都 トリエステ、想像していたより大きな町でありました。
 街は夕陽を受けてしっとりとたたずんでいました。


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 ウニタ ディタリア広場 到着 美しい市庁舎です。
 海に面した広場としては欧州でも最大級の広場だそうです。


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 時刻は20時、「トリエステの坂道」を上り大聖堂等も見たかったのですが、二人とももう限界、ゆっくりとホテルに戻ることにしました。



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 階段の上には絶景が???でもやめておきます。(一一")


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 ホテルが見えてきました。テイクアウトピッツァを買ってホテルに戻りました。さあ、明日から本番スタート、しっかりと睡眠を取りたいと思います。

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  1. ヴェネツィア・トリエステ
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 5月9日(土)ヴェネツィア国際空港です。長い道のり、頑張って帰ります。

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  案内表示の上の画像は、リアルト橋からの大運河です。
 典型的なヴェネツィアビジュアルなのです。やっぱり最高のアングルなのであります。


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 今度は逆アングルであります。修復後はこうなるのです。見たいーーーーー!!!




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 ヴェネツィアともお別れです。

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 アルプスを越えフランクフルトに向かいます。

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LH741便大阪行です。

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妻たちは元気です。一番のしょんぼりさんは私なのでありましょう。欧州から離れたくないのであります。

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思いとはうらはらに、ジャンボ機は離陸です。

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麦畑の緑と菜の花の黄色が美しいドイツのカントリーサイドです。

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夕焼けです。

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日の出です。


楽しい旅も本当に終わりです。妻たちは楽しんでくれたでしょうか???

宇宙の銀河系の太陽系の地球で、第二次世界大戦期ではなく、この平和な時代に、みみずやバッタではなく、人間としてソマリアやイラクではなく日本という平和な国に生まれたことに感謝します。自分がここに存在することは奇跡なのであります。だから・・・・・・美しい地球をより多くこの目で見たいと思うのです。

次はどこに????????

最後に今回の旅で出会い、当家の仲間に入ってくれた者たちを紹介します。


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カルカソンヌから

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ブリュッセルから

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ブルージュから

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ヴェネツィアから

末永く一緒に暮らしてゆきたいと思っております。

 Granpa e Granma di Itosugi

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 2015年5月8日(金) 旅も今日が最終日です。
 例のごとくヴァポレット2番で大運河を航行します。
 ヴェネツィアでやりたいこと ⑤ヴァポレットで大運河をデイ&ナイトクルーズのデイクルーズです。昨日のリアルトからの帰りも夕暮れのクルーズを楽しみましたが、今度は晴天の朝の陽ざしの中、ヴィヴィッドな風景を楽しみます。



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 リアルト止まりの2番でしたので、乗り換えです。

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 ピンズをたくさん着けたカッコいいオヤジに出会いました。





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 真っ青な空の下、大運河の風景がクッキリと鮮明に伝わってきます。

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 アーチデザインの窓が、いかにもヴェネツィアチックです。

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 妻もファインダーを覗きこんでいます。

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 木製の橋「アカデミア橋」を通過です。

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 昨日ゴンドラに乗った、サン・モイゼ小運河が見えます。

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  サン・マルコ停留所で降り、鐘楼に向かいました。







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 やりたいこと ④鐘楼に上りヴェネツィアの高所からの絶景を見る
に挑戦します。

 高さ98.6mのサン・マルコの鐘楼です。16世紀初頭には現在の形を呈していたようです。1902年にひびが原因で完全崩壊しました。今の鐘楼は1912年に再建されたものであります。世界の建築デザインに大きな影響を与えている美しい鐘楼であります。入場制限が成されるために、週末の午後のピーク時には1時間以上並びます。我々は、9:30に到着、待たずに上れました。エレベーターで上がれる楽ちんバーズアイビューです。€8は超お買い得だと思いました。



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 サン・マルコ大聖堂 ドゥカーレ宮殿

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 サン・ジョルジョ・マッジョーレ島  ジューデッカ島が見えます。

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 サンタ・マリア デッラ サルーテ 聖堂が運河をジューデッカ運河と大運河に二分しています。

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 サン・マルコ広場 鳥瞰図です。2月のカルナバーレにはこのアングルで、天使が舞い降りてゆくのです。

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 軍団も大満足の「楽ちんバーズアイビュー」でありました。










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 次はサン・マルコ大聖堂 無料エリアの見学です。かなりの人々が並んでいましたが約15分で入場。煌びやかな金の大聖堂であります。マルコはパウロと同様に12使徒ではありませんが4人の福音書家(マルコ・マタイ・ルカ・ヨハネ)の一人であり、聖人の中でも別格ハイグレードポジションであります。マルコにふさわしい、荘厳な寺院であります。ちなみにマルコは英語圏ファーストネーム「マーク」であります。

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 床のモザイクも美しい大聖堂です。











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 ドゥカーレ宮殿に入場しました。€16は高いです。確かに宮殿内は豪華ですが、ルーブルの通常チケット€12、ヴェルサイユ€15 に比べると高すぎると思いました。でも一度は入っておかないと・・・ということで・・・入場です。

 ヴェネツィア共和国の総督邸兼政庁で8世紀に創設され、14〜16世紀に今の形になりました。小運河を隔てた牢獄棟とため息橋で結ばれています。


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 囚人がため息をつきながら渡った「ため息橋」


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 ヴェネツィア共和国の繁栄を感じたドゥカーレ宮殿でありました。








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 お昼ご飯は、ホテルに戻り、残っているカップラーメンを頂くことにしました。我々は、いつも、約3食分のカップラーメンやカップライスを持ってゆきます。欧州の旅は、「食い疲れ」をよくします。我々貧乏育ちは、朝のビュッフェで取りすぎるのであります。いつもはパン1枚なのに、ここぞとばかり取ってしまいます。もちろん残すことはしません。それが、昼、夜と玉突き状態になり、食べれなくなるのです。そんな時は、カップラーメンが一番なのです。もしろん、600ccの携帯ポットも持参しております。ミネラルウォーターのみ手配すればいいのであります。
 宝くじで7億円当たっても、このライフスタイルは変わらぬことでありましょう。絶対にセレブリティにはなれない我がファミリーであります。


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 何度目のヴァポレット2番への乗船でしょうか?お世話になっております。2日券€30は本当にリーズナブルであります。

 昼下がりの大運河デイクルーズを再再度楽しみます。


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 サンタ・マリア デッラ サルーテ 聖堂
 美しい教会であります。


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 アカデミア橋 美しい木製ブリッジです。

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 リアルト橋通過

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 雲一つない青空、ブルーに染まったカナル・グランデ
 街並みが宙に浮いているようです。

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 FERROVIA に到着です。







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 昼食後は、ホテルのあるカンナレージョ地区とスカルツィ橋を渡った、サンタ・クローチェ地区を散策しました。

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 マスクも欲しくなりました。ちっちゃなのを買って帰ることにしました。




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 スカルツィ橋で最後の夫婦記念写真です。

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 マスクのピンズを発見。1個€2.5 安ぅっーーー!!!! 4個ゲットです。

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 美しいサンタ・クローチェ地区の小運河です。

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 サンタ・ルチア駅で記念撮影。これでトスカーナに行きたいな!!!!!でも明日は帰らねばならないのです。(´・ω・`)






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 「最後の晩餐」は駅近くの運河沿いのリストランテ「ROMA」で頂きました。カナル・グランデから吹く風は心地よく人を太っ腹にさせてしまいます。「ラージ・ビア」を4つ頼みました。1リットル以上はありました。ひんしゅくを買ってしまいました。

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 名前・立地からして、観光客相手のぼったくりレストラン風であります。しっかりぼったくられました。ビールが高かったのだと皆に責められました。しかし私は、大運河沿いの爽やかな風を感じるリストランテの最後の晩餐にα波が噴出していたのであります。ぼったくったお金でこのリストランテのスタッフが、幸せになってくれれば嬉しく思います。







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 最終ステージです。
 ヴェネツィアでやりたいこと   
 ⑤ヴァポレットで大運河をデイ&ナイトクルーズ
 のナイトクルーズであります。
 
 2番で逆方向に向かいます。ジューデッカ運河経由でサンマルコへそして大運河経由で帰ってまいります。当家ファミリー・アラウンド60・シニアレディス軍団を、最後にナイトクルーズへいざないます。


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 光量の乏しい夜、動くヴァポレット、移り変わる風景 一眼レフではギブアップです。シャッタースピードを1/250以上にしないと撮れないでありましょう。その為には露出開放でも、ISO-51200位は必要ではないでしょうか?(そこまでの好感度には対応していないので解りかねますが???)そこで、iphone6plusで撮ってみました。・・・・・・・・・それなりに撮れているのです。

 上の写真のデータは 710万画素、f2.2、ISO-400、1/4秒 となっています。1/4秒開いているということは、デジタル処理と超強力な手ぶれ補正機能が功を奏しているとしか考えられません?訳の分からないiphone6plusであります。コンデジ業界は壊滅になるでしょう。


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 しっとりとした、ジューデッカ島の海岸通りであります。
 今回は上陸しておりませんが、次回は・・・・・・・・(次回が有るかどうかは神のみぞ知る・・・・・・)






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 サン・マルコ広場の夜景を観賞

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 あちらこちらで演奏会が・・・・・・


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 価値ある48時間券・・・ありがとう!!!








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 さて、サンマルコを後にし最後のクルーズです。
 2番は終わっており1番(各駅停まり)で帰ります。


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 リアルト橋ともお別れです。「待っとれよっ・・・!!!!リアルト橋、修復終わったころにまた来るでーーーーーーーーー!!!」(来れるか否かは神のみぞ知る・・・・・)


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 インド人のお兄ちゃんお元気で・・・・・・


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 楽しい時は、すぐに過ぎ去ってゆくのです。(´・ω・`)

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 センチメンタルなご一行様を乗せ、ヴァポレットは FERROVIA停留所に近づいてゆきます。最後の目標も達成したところで我々の旅も終了であります。4つの世界遺産、2つの水の都をめぐる旅・・・・・・・本当にいい旅でありました。
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 5月7日(木) 17:00 ドゥカーレ宮殿前です。ムラーノとは打って変わり、多くのツーリストでごった返していました。

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 サン・マルコ運河越しに、サン・ジョルジョ・マッジョーレ教会が見えます。

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 丁度、10年ぶりのサン・マルコ広場です。

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 ヴェネツィアの歴史は、5世紀中頃に始まります。ゲルマン民族の侵略を恐れた、北部イタリアの人々がこの湿地帯に逃げ込んだとのことです。それは、ブラーノの隣に有るトルッチェロ島だったのです。足場の悪い湿地帯でゲルマン民族を凌ぐことが出来ました。そして人々はそこに住み始めたのであります。
 9世紀初め、今度はフランク王国が軍を派兵します。トルッチェロ島を追われた人々は今度は今のヴェネツィア本島に移ってきます。このようにして、この地に強力な海軍を持つヴェネツィア共和国が成立してゆくのです。9世紀初め、ヨーロッパ各国は、存在をアピールするために、守護聖人を設ける風潮が有りました。キリスト教世界が強固になってきたのです。そんな中、エジプト・アレキサンドリアに福音書家・聖人マルコの遺骸が有り、ムスリムに奪われる恐れがあるという情報が流れます。ヴェネツィア商人は、それを買い取り持ち帰ります。そして共和国は聖マルコを守護聖人としたのであります。聖人マルコを祀るために造られた、サン・マルコ大聖堂の傍らに今も眠っているそうです。






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 世界で最も美しい広場 トップ3の一つ、サン・マルコ広場であります。






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 サン・モイゼ教会・ホテルバウアー横 サン・モイゼ小運河沿いのゴンドラ乗り場から乗船です。40分€100でした。

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    私は3度目、妻は2度目、あとの二人は初体験です。
 「何回乗ってもええなあ!!!!情緒あるわ!!!!」
 「小運河はどぶ臭いし、一回乗ったらもうええわーーーー!!!」
 「これに乗りたかったのよーーーーん。ああ、わくわくどきどき!!!」
   それぞれの思いで、ゴンドラに乗り込みました。


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 ヴェネツィアのゴンドラには約1000年の歴史が有ります。16世紀の最盛期には1万艇を超えていたとか。もともとは個人所有の舟で、大きさも色もまちまちであったようです。時代と共にその豪華さを競い合うようになりエスカレートしてゆきました。16世紀半ば財政がひっ迫した共和国が贅沢禁止令を発布、ゴンドラの色も「黒」に統一されたのであります。しかし、その頃のエレガントな情緒は、ところどころに感じられるゴンドラであります。

 現在は300艇くらいと言われていますが、ゴンドリエーレのボーダーシャツはレトロなマリンテイストを感じさせてくれます。


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 狭い路地のような小運河は、静かで、ゴンドリエーレの漕ぐオールの音のみが聞こえます。朽ち果てた漆喰とむき出しのレンガ・・・歴史的風情を感じるとともに、水上都市ゆえの運命を思うのであります。






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 カナル・グランデ(大運河)に出ると、風景は一変します。
 ヴァポレットや水上タクシーが所狭しと往航しています。


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 2013年には接触死亡事故も起きており、ゴンドリエーレの表情も大運河に入ると少し締まった面持ちになったような気がします。

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 グラン・プラスに続き、リアルト橋も残念な表情を呈していました。
 歴史的遺産はどこかで修復が行われています。


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 カンツォーネの歌声が聞こえてきました。
 ゆったりとした時が流れる、世界遺産「ヴェネツィアとその潟」であります。


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 路地歩きの途中、一瞬風景が開けます。小運河との出会いです。路地、橋、そして小運河、ヴェネツィア路地歩きの醍醐味です。

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 リアルト橋です。いわばヴェネツィアのポンテ・ヴェッキオです。1557年の石橋の完成までは木製の小規模なものだったとか。古くは、大運河に架かる橋は船を繋いだものとか、杭を打って橋状にしたものとか非常にはかなきものだったそうです。ある意味ヴェネツィアにとって大きな歴史的事象が石橋の完成だったのでしようね。アカデミア橋やスカルツィ橋が架かるまで約380年の間たった1本でヴェネツィアの陸上交通を担っていたリアルト橋なのであります。トラゲット(ゴンドラ渡し船)は今は数艇ですが、古い昔は何百艇も有ったのでしょうね。

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 金細工店のみのポンテ・ヴェッキオに比べ、ギフトショップ等いろんなお店が立ち並ぶリアルト橋です。階段状の橋に店舗施設が有るのは、世界でも珍しい形態だと思います。世界唯一でしょうか?工事が終わったあたりにまた来ようと思います???(来れるか来れないかは、神のみぞ知る!!!)

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    私がヴェネツィアでしたかったこと。
 ①大運河沿いリアルト橋近くのリストランテでディナー
 ②リアルト橋から見た大運河の夜を撮る
 ③ブラーノ島でカラフルな家並みを見る
 ④鐘楼に上りヴェネツィアの高所からの絶景を見る
 ⑤ヴァポレットで大運河をデイ&ナイトクルーズ
   ベスト5です。他にもいろいろ有りますが。ベスト5はこれなのです。
   3番は達成しました。次は1番にトライです。




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 ラッキーにも運河に面したテーブルが空いていました。この種の観光客向けのリストランテは、概してサービスが悪く料理の内容も低レベルなのが常です。そして価格はかなり高いのです。でも、私は、ここがいいのです。情緒だけでいいのです。ここに来たかったのであります。

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 ピッツァも窯が有る訳ではありません。冷凍でありましょう。でも十分美味でありました。この空気感の中で食べるディナー、何でも美味しく感じてしまうのでしょうか?すべての料理を美味しく頂きました。インド人スタッフの接客も気持ちよく、思ったより安い値段でもありました。大満足です。目に飛び込んでくる大運河の風情は格別のものでありました。夢がひとつ叶いました。

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 かもめも、夢の実現を喜んでくれているようです。

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 リアルト橋からの大運河とリストランテ
 赤い建物の前のテントが私たちの居た場所です。



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 400年以上も頑張っている石造りのリアルト橋です。

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 リアルト橋停留所から2番のヴァポレットに乗りホテルに戻ります。
 2番が快速で1番が各駅に停まります。


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 PM8:30 建物に明かりが灯り始めました。  



 夜9時20分を過ぎ、やっと暗くなってまいりました。
 部屋でくつろぐ妻たちをおいて、私はまたまた一人夜景撮影です。
 三脚に一眼レフを付け、夜を徘徊する、変なアジア人の登場です。


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 ホテル前の路地は静まり返っています。




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 ギフトショップの灯りが石畳を照らしています。


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 スカルツィ橋からのナイトビューです。
 橋の上で、南米系の青年が一眼レフを三脚に着け、撮っていました。あまりうまく撮れずに首をかしげていました。長時間露光の撮り方を教えてあげました。大喜びしてくれました。本当に嬉しそうでした。若き青年を蟻地獄に引き込んでしまったかも知れません。夜にハマると、アマチュアフォトグラファーは抜け出せなくなるのです。


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 2番のヴァポレットで反対方向からジューデッカ運河、サン・マルコ運河とつなぎサン・マルコ広場を目指しました。おそらく気温は15度くらいでしょう。シャツ1枚の私の体は爽やかを通り越して、フリースが欲しいと叫んでおりました。

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 サン・ジョルジョ・マッジョーレ教会も美しくライトアップされていました。

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 時刻はPM10:45 人影もまばらなサン・マルコ広場です。
 オレンジ色の灯りが美しい夜のサン・マルコです。


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 ヴェネツィアでしたいことNo.2
 「リアルト橋から見た大運河の夜を撮る」

 今回のヴェネツィア夜景写真の一押しがこれです。














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  コメント不要の一枚であります。
 目標を3つ達成しました。



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 先ほどのリストランテも美しく輝いていました。

 リアルト橋を離れ、小運河夜景絶景を撮り歩きました。




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 路地を歩いていると、突然こんな風景に出合うのです。三脚を担いだ、変な東洋人が、路地を徘徊しています。小運河を見つけると、目の色を変えて撮りまくっているのです。

 時刻はPM11:20を過ぎております。人っ子一人いないしっとりとした深夜の小運河絶景をご鑑賞下さい。



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 スカルツィ橋に戻るつもりが、道を間違え、ローマ広場に着いてしまいました。

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 ローマ広場歩道橋を渡り駅前に出ました。時刻は0:05 妻は心配しているかもしれません。(◎_◎;)でも帰りを急がず撮り続けるのであります。それが、フォトグラファー気質であります。(~_~メ)

 ホテルに帰ると 0:15を過ぎていました。妻は少しホッとしたようでありました。

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 5月7日(木) 快晴のヴェネツィアです。
 今回、4カ所目の世界遺産であり、ブルージュに続く「水の都」であります。
 写真はスカルツィ橋から望む大運河(カナル・グランデ)です。

 私は今回で3度目のヴェネツィア訪問となりますが、過去2回は
 ①出張でフィレンツェからミラノに帰る際に、つまらないのでヴェネツィア経由にし荷物を駅で預け、一人4時間ほど散策、一人ゴンドラを体験、楽しそうなアベックや家族連れを横目に、しょんぼり・・・・・ミラノに向かう列車の2等車コンパートメントでおばちゃんに、ぬるーーーいコーラを勧められ、人の温かさを感じホッーーーという1回目
 ②ミラノ発ローマ終着の「黄金ツアー」に妻と参加、ベローナに泊まり翌朝ヴェネツィアに、雨が降りそうな天気の中ゴンドラに乗船、お決まりのヴェネツィアングラス工房に連れていかれデモンストレーションに40分、サンマルコ広場5分、昼食40分でローマ広場で待つバスに・・・・・大運河もリアルト橋も見ていません。残念な2度目の訪問でありました。ツアーなので仕方が有りませんが・・・・

 いい町だと思いました。ゆっくり泊まりたいと思ったのであります。
 ということで、今回ヴェネツィアに3泊・・・・じっくりと楽しんでやります。夢に見たリアルト橋近くの大運河沿いのリストランテでディナーです。





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 駅近くにホテルを取りました。早朝、ヴァポレット(水上バス)の48時間チケットを買いにスカルツィ橋近くのヴァポレット停留所(FERROVIA S.LUCIA)に・・・1枚€30 自動販売機で4枚を何とかゲット。切符を買うのも一苦労です。

 スカルツィ橋が見えます。大して美しくもない橋ですがカナル・グランデ(大運河)に架かる4本の橋のひとつで、交通の便を考えた場合、大変重要な橋なのであります。


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 ヴェネツィア・サンタ・ルチア駅です。

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 ゴンドラや水上タクシーを泊める杭に情緒を感じます。

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 どれほどお世話になったか言い尽くせない、頼りになる「ヴァポレット」です。
 ヴァポレット無しには考えられないヴェネツィアなのであります。








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 さて、ヴェネツィア散策のスタートです。
 まずは、FERROVIA(鉄道)から、ヴァポレット4.2番に乗りムラーノ島を目指しました。


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 カナル・グランデを離れ北西に進路を取りラグーナ(潟)に出ます。

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 本土とヴェネツィアを結ぶ橋にインターシティが見えます。

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 はるか向こうのアルプスも見えます。いい天気です。







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 北部の主要停留所、FONDAMENTE NOVE に到着




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ムラーノ島です。

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 ムラーノ島 FARO停留所に到着です。ここまでで約45分です。FERROVIAで3番に乗る予定だったのですが、先に来た4.2番に乗ってしまったのが間違いでした。3番ならFERROVIAからムラーノのCOLONNA停留所まで直行だったのでFAROまで25分で行けたのでした。次回は3番に乗ります。(次回が有るや無しや???神のみぞ知る!!!)

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 ムラーノ島FAROで12番に乗り換えブラーノ島に向かうのですが、少し時間が有ったので、ムラーノグラスの工房見学です。販売責任者のようなオッサンに買わされそうになりましたが、逃げました。









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 FAROから約25分ほど北上、憧れのブラーノ島に到着です。
 カラフルな家並みが見えてきました。


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 ブラーノ島の名物は、カラフルな家並みとレースです。カラフルな家は、冬の霧の中でも漁に出た漁師が、自分の家が判別出来るようにと各家が派手な色を塗り始めたのが発端とのこと。現在、塗り替えは、ヴェネツィア市当局の許可が必要だそうです。
 レースは、漁に使う網の補修が発端となり始まったとのことです。生活密着型の歴史的文化遺産なのです。




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 当家ファミリーレディス軍団は「何かいいもの」を探しています。

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 私も「何かいいもの」を探しています。





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 ピサの次に有名な???ブラーノの斜塔です。

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 ヴィヴィッドなブラーノに居りますと、何か元気が出てきます。

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 出会ってしまいました。・・・・・・・・・
 そうです、出会ってしまったのであります。(◎_◎;)
 欧州の家ミニチュアコレクター垂涎の可愛い子たちに・・・・・・・(*_*)


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 ブラーノを出るときには、私のショルダーは
 かなりの重量になっておりました。(ウフッ・・・・)









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 ムラーノ島です。しっとりとした家並みが続きます。
 ご存じ「ムラーノグラス」のご本家です。

 ヴェネツィアングラスは中世に於いて大きな富をヴェネツィア共和国にもたらせました。高度な技術が他国に漏れるのを防ぐために、1291年にすべての工房をムラーノ島に移転させたそうです。厳しい管理下の中、ヴェネツィアングラス=ムラーノグラスは発展し現在に至ります。この小さな島で、今でも多くの工房が歴史を伝えているのです。


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 運河沿いのリストランテでランチです。

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 ムラーノグラスがヴィヴィッドに迎えてくれました。

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 パスタにリゾット、すべて美味しく頂きました。

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 こんな風景の中で、いただくランチは格別でありました。






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 ランチの後は散策&お買い物です。私は、ブラーノでフィニッシュしております。レディス軍団はここが本番です。小さな雑貨が好きな妻たちは、一軒一軒、くまなく詳細に見て回ります。このアクションには感服いたします。男共にはマネのできないち密さです。私は、写真を撮り歩いた後、涼しい教会でシエスタです。

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 買い物をしている時は、疲れ知らずの妻たちです。

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 昼下がりのムラーノ・・・・静かな時間が過ぎてゆきます。





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 このような工房が至る所に有ります。

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 橋を降りて、カフェでジェラートです。

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再びお買い物ターーーーーイムです。

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 アッ・・・・・趣きのある家のミニチュアが・・・・・・・
 これ以上買うとひんしゅくものですので、目を閉じて通り過ぎました。








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 7番のヴァポレットでサン・マルコ広場を目指しました。約40分のクルーズです。

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 ムラーノにさよならです。

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 びっくりです。何なのでしょうか???

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 ドゥカーレ宮殿と鐘楼が見えてきました。

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 サン・マルコには3つの停留所が有ります。その一つ SAN ZACCARIA に到着しました。

 いざ、サン・マルコへ・・・・・ヴェネツィア本島散策のスタートです。

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