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チャーオ!トスカーナ ’糸杉につつまれて’

トスカーナの風景をこよなく愛するおじんのブログです。

Turchia della fine di autunno  Ⅶ

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 12月4日(水)
 雨のイスタンブールです。


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 水道橋





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 スレイマニエモスクに入ります。

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 大理石の中庭はスリッピーなのです。



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 オスマン帝国の第10代君主スレイマン1世の命により建立、1557年に完成しました。オスマン建築の最高傑作のひとつであります。
 丘の上に建つスレイマニエモスクはどこからでも見えます。圧倒的な存在感を持つ美しい建造物であります。ブルーモスク・アヤソフィア・スレイマニエモスク 3大ランドマーク見学達成しました。


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 シンメトリーの美しいイスラム建築です。

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 大学の門も風格があります。



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 グランドバザールへ

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 いろいろとゲットしました。

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 アーチが美しいグランドバザールです。






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 最後のランチも「魚」でした・・・・・( 一一) 魚多すぎです。!!!







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 食事の後はトプカプ宮殿です。

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 15世紀から19世紀までオスマン帝国の君主が居住した宮殿です。トプカプ=大砲の門の意味。
 3方をマルマラ海・ボスポラス海峡・金角湾に囲まれた場所にあります。



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 イズニックタイルが多用された美しい宮殿です。






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 スレイマニエモスクも見えます。



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 スプーンダイアモンド
 イスタンブールの海岸で漁師が光る石を拾います。宝石商に持ち込みますが、ガラス玉だと言われ3本のスプーンと交換しました。その後インド・フランスを巡りイスタンブールに戻ってくるのです。伝説のダイアモンドであります。86カラットのダイヤの周りを49個のダイヤが囲んでいます。


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 トプカプの短剣







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 タクスィム広場周辺で時間調整をしました。
 スターバックスでご当地マグカップをゲットしました。


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 8日間お付き合いいただいたガイドのヌルハンさんともお別れです。
 奥様が香川出身で日本語も堪能、その他数か国語を使う方であります。丘上中世集落が大好きなヌルハンさんであり、私との共通点がとても多い方であったのです。
 32年間ガイドをしているが、あなたのような、欧州の小さな村にくわしく実際に訪れている人に初めて会ったと言ってくださいました。光栄に思いました。
 日本でお会いできればと思います。


 21:45発 KE956便でソウルへ 偏西風に乗り9時間のフライトです。ドリエルのおかげで6時間熟睡しました。
 12月5日(木)15:10発 KE725便で関空へ 17:00無事到着しました。


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 総走行距離 2500km 大周遊の旅となりました。私のすってんころりん以外は全てがスムーズに運びました。
 お天気は8割がた満足出来ました。何十年も前から憧れていたカッパドキア・・・・一生忘れ得ぬ絶景となりました。
 いい旅でした。


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 今回の旅の戦利品です。今いるガラクタ達と仲良くしてくれることと思います。Grandpa e Granma di Itosugi
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Turchia della fine di autunno  Ⅵ

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 12月3日(火)
 アンカラ近郊の夜明けです。朝焼けに映し出されたモスクが幻想的です。


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 何を隠そう、サンライズ&サンセットハンターの Grandpa di Itosugi なのであります。 




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 美しく澄んだ空気の中をイスタンブールに向かいます。

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 欧州自動車道路89号線から80号線へ




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 トルコの黄葉です。




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 マルマラ海に出ました。

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 第2ボスポラス橋が見えてきました。
 アジアからヨーロッパへ


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 ボスポラス海峡を渡ります。

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 イスタンブールの丘は家々で埋め尽くされています。

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 アンカラから450km 大移動も終わりました。

 イスタンブール・・・・・
人口 1500万人 (東京23区964万人、大阪市269万人) 東京都総人口が1394万人ですので超巨大都市であることが解ります。世界で唯一ヨーロッパとアジアにまたがる都市。
東ローマ帝国・オスマン帝国時代は コンスタンティノープルと呼称 1930年に正式名イスタンブールに ギリシャ語で「町へ」を意味する「イス・ティン・ポリン」に由来。
イスタンブール在住大卒30代サラリーマン平均月収50000円~80000円(1TL=19円)
物価 ミネラルW(1.5l)2TL,コカコーラ(500ml)4TL,リンゴ(1kg)10TL,ジャガイモ(2kg)5TL、牛肉(1kg)40TL,鶏肉(1kg)30TL,、LG49型液晶TV 4100TL、地下鉄・トラム・市営バス(1回)2.6TL,ガソリン(1l)6TL,・・・・・基本食材・交通関連は安くその他は日本とそう変わらないといった感じです。自動車は排気量によっては100%以上の税金をかけられとても高額と言えます。また職業格差も日本より大きな国であります。




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 ランチは中華です。嬉しいです。(^_-)-☆





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 旧市街へ



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 ブルーモスク(スルタンアフメト・ジャーミー)

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 礼拝時以外は異教徒観光客の入館も許されています。女性はスカーフで髪を隠します。

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 壁にはブルーのイズニックタイルが施されています。ブルーモスクの所以です。

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 この写真では見えませんが、ブルーモスクにはミナレットが6本有ります。アヤソフィアを上回る建物にしたかったそうです。スルタンは「黄金の」モスクを建てろと言ったのだそうですが、「黄金の」と「6本の」が似ているそうで、建築家はミナレット6本のモスクを作りました。そのころ6本のミナレットを有するのは総本山メッカのモスクだけでした。スルタンは慌てました。・・・・と言われていますが、たぶん「聞き違えは」スルタンの言訳だと思います。スルタンの許可なく6本ミナレットモスクが建設されるはずもありません。スルタンは確信犯だったと思います。スルタンはメッカに2本のミナレットを寄贈したそうです。



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 アヤソフィア となりでトルコ人らしき少女がこんなポーズで写真を撮っていましたので真似てみました。ポーズをとるのは中国人だけではないのですね。

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 ブルーモスク・アヤソフィア・トプカプ宮殿等イスタンブール歴史地区は1985年に世界文化遺産に登録されました。
 アヤソフィアはその中でも最重要建造物であります。過去2回仕事でイスタンブールを訪問した際にアヤソフィアも訪れました。しかし、仕事で心は重たく見学を楽しめたという記憶が有りません。今回は心行くまで楽しみました。



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 東ローマ帝国時代、6世紀ごろに初期建立が成されました。ギリシャ正教会の大聖堂として権威を誇っていました。オスマン帝国の支配下になりモスクになりました。美しいモザイクは塗りつぶされました。1934年アタテュルクの命で漆喰が取り払われ美しいモザイクが姿を現しました。カーペットも取り払われ「博物館」として一般に公開されました。現政権下でイスラム色が強くなる中 モスク化の動きが有るようです。モザイクが塗りつぶされるかも知れないと言われています。


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 アヤソフィア=聖なる叡智

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 港のサバサンド屋さん 食ってみたかった!!!

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 ボスポラス海峡クルーズ

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 スレイマニエモスクとカモメ

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 約小一時間の貸切クルーズです。お天気はいまいちで寒いです。





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 スレイマニエモスク・・・・美しいモスクです。

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 ガラタ橋・・・上は仕事しないで一日中釣りをしているオッサン達、下はサバサンド屋さん





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 お泊りは ヒルトン・ボスポラス です。 高級ホテルです。(^_-)-☆



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 11人がオプションでベリーダンスディナーへ 2人はお買物 3人でうどんを頂きました。

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 とっても美味でした。
 イスタンブールの夜はうどんと共に暮れてゆきました。( 一一)

Turchia della fine di autunno Ⅴ

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 12月2日(月)
 カッパドキア ホテルの裏の坂を登り切ったらこんな風景に出会いました。


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 お天気も回復し、いい風景が待っていそうです。

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 ギョレメ国立公園およびカッパドキアの岩石遺跡群・・・・・1985年に世界複合遺産に登録されました。カッパドキアは「美しい馬の地」を意味するペルシャ語に由来します。
 火山爆発による大地の形成~雨による浸食~岩石硬度の差が生んだ奇異な形状・・・・奇跡が積み重なり出来た「きのこ岩=妖精の煙突」・・・世界でもここにしかない絶景であります。グランドキャニオン、モニュメントバレー、ル・ピュイ=アン=ヴレ、チヴィタ・ディ・バーニョレージョ、奇岩絶景は色々ありますが、ここの妖精たちは別物であります




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 らくだ岩

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 聖母マリア





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 ゼルベの谷を目指します。








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 「ゼルベの谷」です。
 カッパドキアの中でも、きのこ岩が最も多く連立する谷であります。地球に居ることを忘れてしまいそうになります。


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 妖精の煙突と表現されるきのこ岩・・・・空想の世界に引き込まれてしまいます。

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 何十年も前から一度は見てみたかったカッパドキア。やっと来ることが出来ました。
 青空とは行きませんでしたが雨は上がり幸せな1日となりました。
 妖精さん・・・ティッシュくれや!・・・・いや「テシェッキュルエデリム(アリガトウ)」



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 宇宙から来た巨人に見下ろされているような感覚になりました。

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 絶景 ゼルベの谷 です。






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 妻も感動しています。







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 ゼルベの谷を後にし 絨毯屋さんへ

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 熱心に説明するスタッフ・・・チャイをご馳走になりました。








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 ビューポイント 三姉妹 です。











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 最後は「ギョレメ野外博物館」です。

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 岩窟教会、聖堂、修道院が多く残るエリアです。
 カッパドキアでは4世紀ころから多くのキリスト教徒が住むようになりましたが、9世紀ごろから始まったイスラム教徒の圧迫から逃れるために岩を掘り施設を作ったと言われています。一帯には400以上の教会が有ったそうです。


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 数多くのフレスコ画が残っています。(この洞窟以外は撮影不可)

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 バベルの塔のようです。

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 トロイの木馬も居ました。





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 ウチヒサルは角度により顔が変わります。本当にジブリの世界です。







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 ランチはギョレメの町で頂きました。
 ギョレメ・カヤ・ホテル レストラン


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 絶景レストランです。カッパドキア最後のランチに相応しいレストランでした。

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 きのこ岩の中に佇むホテルです。

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 カッパドキアともお別れです。
 「妖精に感謝感謝です。」


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 もしまた来ることが有るならば、ぜひこのアングルで見てみたいものです。









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 ネヴシェヒルに戻ります。マテーラのような洞窟住居が見えます。

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 コンヤから来た道路をコンヤ方向に一度戻ります。往路は曇り空でしたが、復路は晴天、とても美しい高原風景が続きます。



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 うっとりとしながら風景を見つめる Grandpa di Itosugi であります。妻は寝ています。



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 雲の上にハッサン山が見えます。








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 アクサライで右折、進路を北西にとります。

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 トゥズ湖(塩湖)を通過

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 走ること310km 首都アンカラに到着です。

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 ホテル ラディソンBLU からの夜景
 とてもとても有意義な1日でありました。

Turchia della fine di autunno  Ⅳ

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 12月1日(日) コンヤの朝焼けです。

 さてこのあたりで「トルコ共和国」の豆知識です。

 4世紀末から15世紀半ばまでは東ローマ帝国(ビザンツ帝国)に属し、首都はコンスタンティノープル(現イスタンブール)にありました。 ギリシャ正教会が国教とされました。しかしコンスタンティノープル以外の地方都市ではイスラム勢力に徐々に浸食されてゆきます。そして1453年にオスマン帝国によって滅亡するのです。
 アナトリアの片隅に生まれた小国家がどんどん勢力を拡大したオスマン朝。現トルコ共和国の祖であります。トルコ人はテュルク系民族です。テュルク言語を使う民族の一派です。中央アジアが原点であり西に拡散してゆくのです。オスマン帝国も首都はコンスタンティノープルに置きました。1923年にアンカラ政府がトルコ共和国の建国を宣言し終焉を迎えました。1930年イスタンブールと改称されました。

 トルコ共和国  面積は日本の2倍、人口 8200万人、1人当たりGDP 9632ドル(日本38428ドル)、物価上昇率20.3%、失業率11% 首都アンカラ、最大都市イスタンブール
  厳しい経済環境です。対米関係緊張化によるトルコリラの下落が深刻なのです。2008年には95円であったトルコリラは2015年には41円になり、現状は19円です。我々にとっては何でも買えてしまう有難い現象ですが、トルコの人々には厳しい状況なのです。

  消費税率 水・米 3%、 服 8~18%、車 50%、 ガソリン 60%、 スマホ 70%  スマホ・・・買えません!!!

  民族問題 クルド人との関係 トルコに住むマイノリティのクルド人、そのナショナリズムに起因する紛争 オスマン時代から続いています。シリア難民の流入 イスタンブールでもシリア人が増えています。経済的に厳しい難民であり犯罪も増えています。難民の数は360万人を超えているのです。

  初代大統領 ムスタファ・ケマル・アタテュルク・・・オスマン帝国の将軍~トルコ共和国元帥~初代大統領(1923~1938) スルタン制を廃止し共和制を確立  政教分離を掲げ西欧化を推進、ゆるやかなイスラム国家を作り上げました。一党独裁を実行しましたが独立と自由を民衆に与えた英雄としてトルコ国民に愛されている人物なのです。
  現大統領  レジェップ・タイイップ・エルドアン(第12代 2014年~)2003年首相に就任  イスラム色を強化する政治運営 西欧よりの知識人層からの強い反発。大統領の権力強化・独裁志向 危険視する国民も多い 2016年にクーデターを起こされ、より独裁色を強化しています。

 エルトゥールル号とトルコ航空機による邦人イラン脱出
 1890年 横浜からトルコに帰る途中 トルコ軍艦エルトゥールル号は、串本・大島沖で台風のために遭難、587名が亡くなりました。何とか大島に泳ぎ着いた69名は、大島住民の手厚い看護を受け命をとりとめたのです。決して裕福とは言えない島民は自分たちの食料も差し出し看護を続けました。このような出来事がその後のトルコとの関係に大きく影響してゆくのです。
 約100年後の1985年 イラン・イラク戦争のさ中テヘラン脱出で取り残された日本人215名、フセインのイラン領空運行機攻撃開始のリミットが迫る中 最後に助けの手を差し伸べてくれたのがトルコ航空機なのでした。ぎりぎりでイラン脱出成功・・・・・・100年前の心配りが関わっているとも思える出来事です。



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 美しいアナトリア高原の旅を続けます。
 ハッサン山が見えてきました。3253m、トルコの富士山です。美しい火山です。


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 礼拝を呼びかける塔「ミナレット」の本数が モスクのグレードを示します。4本はあまりありません。1本がほとんどです。


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 シルクロードの隊商宿だった施設を改装したドライブインです。シルクロードの西端に居るのです。ロマンティックです。

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 シルクロードに居るという思いに突き動かされ、買ってしまいました。嫁に叱られました。( 一一)
 自動小銃を持ったらテロリストだという声も・・・・・ 600円でした。






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 コンヤから235km カッパドキアの入口の町、ネヴシェヒルに到着。

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 トルコ石店に・・・・高くて買えましぇーーーん!!!

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 洞窟レストランでランチです。

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 魚の多いトルコのランチです。( 一一)

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 奇岩エリアに入ってゆきます。ワクワク・・・・

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 何を隠そう。奇岩ハンター Grandpa di Itosugi なのです。





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 死ぬまでに一度は見たかった絶景 カッパドキア奇岩群でありました。今、目の前に有ります。

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 ギョレメのど真ん中を通過



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 ウチヒサル(尖った砦の意味)に着きました。





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 麓にある奇岩洞窟住居を見学

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 絨毯が敷き詰められたリビングでチャイを頂きました。

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 もこみち君も来ていました。

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 ギョレメに戻ります。

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 陶器店です。

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 財布の紐は絞めております。( 一一)






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 雨が降ってきたので カイマクル地下都市を観光

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 ローマ帝国の迫害を逃れたキリスト教徒達が暮らしたとされる地下都市。地下8層にもおよび、教会や学校や貯蔵庫等々、何でも有ったとのことです。約2万人が暮らしたと考えられています。こんな大きな地下都市が40か所以上有るそうです。

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 ウチヒサルのビューポイントへ

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 お泊りは「ダブルツリーバイヒルトン・アヴァノス」です。
 ダブルツリーはご本家ヒルトンのロアーグレードブランドです。ご本家がファイブスターだとするとフォースターが多いようです。ここはファイブスターのようですが・・・


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 とても素敵なリゾートホテルでした。

Turchia della fine di autunno  Ⅲ

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 11月30日(土) 
 パムッカレ・ヒエラポリス・・・・1988年に世界複合遺産に登録されました。

 ヒエラポリスは紀元前190年に起源を持つ都市遺跡で、ペルガモン王エウメネス2世によって建造されました。
 ここの洞窟から出る有毒ガスを吸った司祭がトランス状態になり神からのお告げである神託を与えていたと言われており、ヒエラポリスには聖なる都市という意味があるそうです。


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 今回の旅の前半はとても暖かく、早朝にもかかわらずノーアウターでの散策となりました。
 これから私に降りかかる災難のことは知ろうはずもない「笑顔」の小生であります。( 一一)



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 ローマ劇場



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 遺跡から気球が浮かび上がります。

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 早朝に来て良かったと思いました。澄んだ空気の中、朝焼けに浮かぶ気球・・・美しい風景です。


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 石灰棚が見えてきました。
 パムッカレとはトルコ語で「綿の宮殿」という意味で、このあたりが上質な綿花の産地であることから名付けられたそうです。
 雨・・・石灰岩・・・温泉・・・炭酸カルシウムの石灰棚、奇跡の自然の重なりが作り上げた地球の芸術作品がパムッカレなのであります。




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 石灰棚に入ってみました。

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 石灰棚はとっても滑りやすく、ガイドさんからも注意を受けていました。
 妻からも再三注意をされていました。

 しかし、運命には勝てませんでした。すってんころりん大転倒をしてしまいました。
 かぶっていた帽子は水路に流され、服はビショビショ、右ひじを強打、フリースに穴が開き、血が流出・・・・・・・・やっちゃいました。


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 ビショビショ記念のワンショットです。
 不幸中の幸いで、骨には異常がなく、カメラもスマホも無事でした。この時点では流血が解らず、バスの中で発見、血が流れ落ちました。それも30分ほどで止まりました。やれやれです。



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 めげずに撮り続けました。

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 朝日に照らし出されたパムッカレ石灰棚と気球・・・・・一生忘れられない絶景です。そして転倒です。( 一一)







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 美しいトルコ内陸部の田園風景


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 アナトリア高原に入りました。広大な風景が続きます。



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 トイレ休憩のドライブインで帽子をゲット・・・・50リラ=1000円です。シープスキンです。






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 山を越えると凄いパノラマが広がります。

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 日本じゃパトカーに停められるでしょうね!!!

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 デラックス3列シートで楽勝です。

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 カステルッチョ・ディ・ノルチャ を思い出しました。絶景です。





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 ランチはトルコ風ピザです。

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 パムッカレから400km コンヤに到着です。



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 標高1000m、人口122万人の都市コンヤ、パウロが布教に訪れた都市としても知られています。11世紀にイスラム王朝によって征服されルーム・セルジューク朝の首都になります。古都コンヤ・・・・美しい都であります。

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 メヴラーナ博物館
 イスラム神秘主義の一派 メヴレヴィー教団の創始者、メヴラーナ・ジェラール・ディン・ルーミーの霊廟です。ジャーミー・僧院・修行場でもあったこの施設は1925年にアタチュルクによって閉鎖、教団も解散、その後博物館として公開されています。


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 太陽を背に・・・モスクのシルエットはとても美しいのです。




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 グランドホテル・コンヤ 高層ホテルで夜景を楽しみました。